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断片五 孕み



「胎樹はあったか」
戻ってきたシゲの報告の言葉も待たずにタツゾウはシゲに向かって言った。
――胎樹?
そこまでは気にしていなかったシゲだが、川辺までの道のりの状況を頭の中で思い出す。胎樹は水辺にしか生えない。湖の辺りであれば山の中でも生えているが、それさえも川とつながった湖だけである。
管鰻を放ち、くだに入ったところまで確認したあとでシゲは川上の岸辺に目をやった。そのときに胎樹が生えていたのを記憶の底から拾い出した。
「ありました」
「そうか、だったら今日はそこで野宿することにする」とタツゾウが言う。
草むらに寝転んでいたチョウジがよっこらしょと起き上がり、背伸びをする。
シゲはオリツの容態を伺った。
管鰻を放ちに行くまでオリツの顔は真っ青だったのだが、いまはいくらか頬に赤らみが戻っていた。
「オリツさん、具合はどうですか」
オリツはシゲににこりと笑みを浮かべ「病気じゃないんだから大丈夫だよ、ありがとうシゲ」と答える。
「ちょっと立ち上がるのに肩をかしとくれ」
シゲはオリツに近づき、膝を落とす。
「そんなにかがまなくってもいいわよ、シゲは小さいんだから」
とはいっても直立不動では高すぎるので、中腰になる。
「ありがとう」

このまま問題など起こらず無事にすめばいいとシゲは思う。
もし、孕み屋が来なかったらどうするとシゲは考えている。
タツゾウと仕事をするのは今回が初めてだ。かといって管鰻使いとしての仕事も初めてというわけではない。熟練ではないがそろそろ中堅といってもいいくらいの実績もある。
足りないのは自信だけだった。
しかし自信のないことがシゲの不安の原因ではなかった。
シゲは護として生きているが実は孕みとしてこの世に生まれた。このことはタツゾウたちは知らない。管鰻屋のオヤジだけが知っているがオヤジは黙ってくれている。
孕みは孕みとして生きていくしかない。それは拵えが拵えとして、護が護として生きていくしかないのと同じことである。
しかし何事にも例外はある。
物心ついてからシゲはこの世のいろいろな物事が不思議でしかたがなかった。
――なぜ、おひさまは空の上を動いているのだろう。
――なぜ、この世界には護と拵えと孕みがいるのだろう。
――なぜ、生きるために食べた物は自分の命となってつながっていくのだろう。
直の護も直の拵えも直の孕みも昔からそうだったんだからそうなのだ、としか答えてくれなかった。
シゲは世の中のいろいろなことを知りたかったのだが、学ぶことのできる期間も、知ることのできる知識の総量もシゲには少なすぎた。学ぶ時期が終わればシゲは孕みとして生きていかなければいけなくなる。
孕みとして生きていくことが嫌だったわけではないのだが、それ以上に知識への欲望のほうが大きかったのだ。悩んだ末、シゲは学ぶ時期が終わると同時に一族から離れ、護と偽って管鰻屋のオヤジに門生入りをした。

孕み屋が来なかった、あるいは間に合わなかったとしたらオリツは死んでしまうかもしれない。
オリツを死なせたくはないが、そのときにオリツを助けることができるのは孕みであるシゲだけだ。
孕みであることがばれてしまったとしたらシゲは管鰻使いとしては生きてはいけなくなるだろう。
タツゾウさんならば黙ってくれるかもしれないが、チョウジさんはどうだろうか、いや仮に全員が黙ってくれたとしても孕むということはややこを生むことである。孕み屋ではないシゲは生んだややこを学ぶ時期が終わるまで育てなければならない。

考え始めたら際限なく悪い方向へと考えがいってしまう。
誰かに相談をしたかったがシゲの相談にのってくれる者はここにはいなかった。

『殖物語』 次回「断片六 護生」

Picture 「Bacchus and Ariadne」
Giovanni Battista Tiepolo




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